悩みを抱える人は誰かに助けて欲しい、理解してもらいたいと考えます。 その時に聴き手は自分が問題を解決しなければならないと気負うものです。ですから相手の悩みをこちらが解決する情報を一生懸命に聴き出そうとしますが、それは解決を急ぐがあまり相手の悩みを心のレベルで聴けていないのです。問題が発生した手がかりを相手から聴き出そうとしたり、こちらの解釈で勝手に悩みを捉えたりしているのです。
ロジャースは「正そうとする前に、わかろうとせよ」と言っています。 しかし私達はすぐに解決をしてやろうといろいろなアプローチをしていくのです。
「何かイジワルでもされてるの?」「変わった人でもいるの?」 「いつ頃からそう感じてんだ?」というように、矢継ぎ早に質問を浴びせてしまうタイプ。相手は「探りをいれられている」とか、「尋問されている」と感じてしまい、本音を言いにくくなってしまいます。
「人間関係はホントに、ややこしくて大変だよな、わかる、わかる」というように、簡単に同意してしまうタイプ。相手は「軽く見られた」とか、「そんな簡単に自分の悩みが理解されてたまるか」とか思ってしまいます。それとも「何か下心でもあるんじゃないの?」という思いから、反発心を抱くことがあります。また、いつも同意しながら話しを聴いていると、相手は聴き手をいつのまにか頼るようになり、いつも誰かが同意をしてくれないと不安になる。そのような甘えの感情を植えつけてしまう可能性もあります。
「お給料もらってんだから、もう少し割りきって考えたら?」「直属の上司に相談してみたら?」「もう限界だと思ったら、辞めればいいんじゃないの?」「辞めるとどこに行っても続かないよ」と、勝手に相手に助言を与えてしまうタイプ。このような対応は、相談者に依頼心を植え付けるか、「言うのは簡単だ。あなたに、こちらの立場はわかるまい」と反発心をもたせてしまう。また、本人自身が解決策を見つけ出す成長の機会を奪ってしまうことにもなりかねません。
「思うような成績が上がらないからだろ。」「仕事の結果が上手くいかないから、あせっているんだよね。」「自分の能力に不安なんだろ。」と勝手に聞き手の主観で決め付けてしまう。「現場のことも知らないくせに」とか「微妙な心のキビも分からないで、勝手に決め付けるな」と話し手が不快 になる。このように相手の情報をシッカリ聴かないでアナリストになると判断を誤ることになります。
「仕事はそんなに甘いもんじゃないよ」「仕事があるだけいいと思うべきでしょう」「そんなことイチイチ気にしたって仕方がないじゃないか」と、自分の考えを押しつけるように、いきなり説教をしてしまうタイプ。聞き手のほうが偉いのだと無意識にアピールしてくるので、相手はプライドを傷つけられ心を閉ざすか、面倒だから「そうですね」とその場だけ の本音とは裏腹の反応をする。「自分はダメだ」と自信を失うか、強い反抗心を持つこともあります。
「明日になったら気が変わってるって」「まあ飲みに行って、楽しめば気が晴れるよ」と、ごまかしたり、論点をそらして真剣に相手の話を聴かないタイプ。なかには、「会社に爆弾でも仕掛けてみるか?」とふざけてしまう。相談者は「どうせこの人に真剣な話しをしても聴いてくれない」とあきらめの感情を抱くようになる。
「そうですか」「本当かい」「まあ」「全く」「ふーん」「それはまあ」「そうだったのか、ふんふん」「面白いですね」「そうですとも」
「それについて話してみませんか」 「それについて、もっと知りたいんですけど」 「あなたはそれについて、どう思っていますか」 「これについては、あなたのほうにもなにか言いたいことがありそうですね」 「あなたには大事なことのようですね」
「どう感じるかを表す権利が、あなたにはあります」「あなたの考えからなにかを学べるかもしれない」「私は君に関心があ るんだ」「意見や感情を持った一人の人間として、あなたの考えを尊重します」「あなたがどう考えているか、本当に知りたいんです」「君の意見は人に聞かせる値打ちがあるよ」「私はもっとよくあなたの考えを知りたいんだ」 こういう態度に好意を持って応じない人がいるだろうか。自分は価値がある。尊重され、大事にされ、受容され、関心を持たれていると感じさせられていい気持ちにならない人はいません。 この1、2、3のような聴き方をカウンセリングでは「受動的な聴き方 (パッシブ・リスニング)」といいます。 しかし、これにも限界があります。それはなぜでしょうか?
◆具体的な言葉がほとんどないので、相手は物足りなく感じます。
◆あなたが本当に、相手の言う事を理解しているかどうか、相手にはよく分かりません。
◆あなたが相手に言ったことや、あるいは相手自身を受け入れているかどうか、相手に確信が持てません。
◆もっと親密に、十分わかりあえる力はありません。
どれも大切ですが3の気持ちをくむ聴き方が、 相手に「聴いてもらえた」「分かってもらえた」と思われ、最も効果的です。
ねらい
この演習では建設的なコミュニケーション(積極的な聴き方)と破壊的なコミュニケーション(障害を作ってしまう対応)とのちがいをより深く理解することを目的としています。
演習1
遅くまで残業していたスタッフ佐藤が、何やらとても落ち込んでいます。そこを通りかかった彼の元上司の鈴木マネージャー。マネージャーが彼に言いました。「何か悩んでいるのじゃないのかね。もしよければ話をしてみないか。一人で悩むより誰かに話すことで心の整理ができるよ。もちろん君がよければだけれど」
…その後スタッフ佐藤がポツリ、ポツリと話し始めました。スタッフ佐藤の話しに対してあなたはどのように答えますか?
鈴木マネージャーになったつもりで「自分だったらこう答えるだろうなあ」 と思うものを選んで、a,b,cでチェックしてみて下さい。
「何か、毎日毎日こうして遅くまで仕事しても、全然売上が伸びなくて …不景気だから仕方がないって同僚は言うし、本当にそれだけかなって。自分は この仕事に向いていないんじゃないかとさえ考えてしまうんですよ。」
a. そんな、弱気になってはダメじゃないか。
b. 自分なりに頑張っているのに結果が出ないのは、君がこの仕事に向いていないのじゃないかと不安のようだね。
c. 君はこの仕事に向いているよ。きっとそのうちに結果はでるさ。
「ええ、そうなんです。固定客を何とかつくろうと思って、遅くまで練習して頑張っても、顧客がリピートしてくれなくて、その繰り返しなんです。」
a. 自分が遅くまで残って努力しても、それが成果につながらいことに空しい気持ちなのだね。
b. 練習したからと言って、結果はでないよ。
c. 接客の仕方に問題があるのじゃないのかね。いちどやって見せてみなさい。
「そうなんです。遅くまでやることは苦にならないのですが、 売上につながらないと、自分のやっていることがカラ回りしているのかなと思ってしまうんです。」
a. 仕事はすぐに結果はでないよ。だから、その先に感動があるんだよ。
b. 仕事に対してヤル気はあるのだけれど、それが上手く成果に結びつかないことに不安を感じているんだね。
c. 残業をしないで結果を出さなくては、能力とは言えないな。
「ええ、やる気はあるんです。僕はこの仕事が好きなんです。でも、 成果が出なければ、”彼は能力がない”ってサロンで評価されることが心配なんです。」
a. 誰も、君の能力は認めているじゃないか。
b. 人の評価は問題ないじゃないか。
c. ヤル気があるのに、成果が出ない自分をサロンがどう見ているかが、心配になるのだろうね。
「そうなんですよ。一人でも固定客がつくれて、目に見える成果が上がれば自分に自信が持てるようになり、不安な気持ちもなくなると思うんです。だってそう思いませんか。 自分に自信が持てなければ何事も前向きになれずに悪い方へ悪い方へ考えてしまいますよね」
a. じゃ、固定客をとるしかないね。それで解決だよ。
b. そんなことで落ち込むようじゃ、もっと大きい仕事だともっと落ち込むじゃないか。
c. 目に見える成果さえ出れば、自分にも自信が持てて、もっと前向きになれるような気がするんだね。
「いや、成果や結果というけど、自分に自信を持てるかどうかは自分次第ですよね。入社したての頃は何もわからなかったからかもしれませんが、売上が取れなくてもこんなに落ち込まず、気持ちのどこかで『何とかなるさ!』と割りきり、新たな気持ちで毎日の仕事に取り組めてたんです。」
a. おいおい、新人の時には誰でも一生懸命なものだよ。
b. 自信を持てるかどうかは自分次第なのに、仕事の結果ばかりを考えて今は新人の頃のガムシャラさを忘れているような感じなのかね。
c. そうだよ、初心忘れるべからずと言うじゃないか。
「そうなんですよ。あの頃は先輩や同僚にも色々と仕事のやり方を相談したりしてましたしね。今の自分は人に相談する事さえ『こんな事もわからないのか』と思われるんじゃないかと不安になって、聞きに行かなくなっていますからね。」
a. 報告・連絡・相談「ほうれんそう」を忘れてはダメだよ。
b. どうして、人の目を気にするんだね?何を気にしているわけ?いつからそうなったんだね?
c. 新人の頃のほうが恐いもの知らずでフットワークが軽かったのに、今の君は周囲の目を気にし過ぎていると感じているようだね。
「そうなんです。だから余計に売上が取れるように気持ちばかりが焦っているんです。 だから、お客さまにもそれが伝わるのですね、きっと。大切なことはそんなことではないですよね。」
a. 周囲の目を気にする前に、もっと大切なことがあると感じてるんだね。
b. 成績も良いが、お客の立場になるのが営業の基本じゃないか。
c. 君はよっぽど自信がないようだね。人の評価を気にするのは自信がないからだよ。
「ええ。人の目や成績や評価を気にする前に、自分のやるべき事を全力でやっているかっていうことが大切ですよね。新人の頃の気持ちを忘れてはならないですよね。今の自分は周りに流され過ぎてたのかもしれません。明日から結果が出るかどうかを心配するより、まず自 分の出来る事を精一杯やってみます。初心に戻って。」
a. それは、仕事の基本じゃないか。今ごろ何を言っているんだよ。
b. そんなに、問題は単純かな、売上がとれないのは。
c. 周囲に流されて自分がやることを見失っていたということなんだね。自分を誤魔化さないで自分の出来ることをやるということなんだね。
「はい、そう思います。気持ちが整理できて助かりました。頑張ってみますよ。」
「そうだね。君ならきっと出来ると思うよ。 応援しているよ。」
演習2
以下の文章はよくあるご家庭での食事のシーンです。
奥さんが愚痴とも、相談とも言えぬことをなにげなく語りだしました。 さて、奥さんの感情を最も適切につかんでいると思う夫の a.b.c応答はどれでしょうか?
「最近、私もパートに行くと人間関係で大変なことが多くて。思ってもみなかったわ。」
a. 当たり前だ!仕事はそんなもので、君が知らなかっただけだ。
b. たいした収入にならないのなら無理に働くことはないよ。
c. 君も働いていると大変なことがあるんだよな。
「そうなのよ。仲間のウワサや悪口を聞かされたりするのも大変なのよ。」
a. 悪口や陰口をする人は嫌だよな。それじゃあ相当雰囲気も悪いだろう。
b. 仲間のウワサにはあまり加わりたくないんだよな。
c. そんな人は相手にしないほうがいいよ。
「そうなのよ。でも、イヤな顔もできないし。」
a. そうやって八方美人を演じているからグチりたくなるんだよ。
b. あまり気を遣いすぎないほうが逆にうまくいくよ。肩の力を抜いてリラックスだよ。
c. 仲間との関係を悪くはできないと思うんだな。
「もちろん、みんながみんなイヤな人ばかりじゃないのよ。」
a. 誰がイヤなタイプなんだ?どんな事を言うんだ?ほんとうにイヤな事を言っているのか?
b. 感じの良い人もいるわけだね。
c. ほら、そんなお人よしなこと言っているからつけあがられるんだぞ。
「そうなのよ。だから、そういう人は話には加わるけど、悪口は言わないもの。そんな人たちはとてもステキな人たちよ。」
a. モデルにできる人たちが職場にもいるんだね。
b. きっと興味がないだけだよ。
c. ほーら、そうだろ。やっぱり君だけが気にしているんだよ。
「そうなのよ。お給料もらって、人間関係の勉強をしているみたい。」
a. あのな、仕事はそんな甘いもんじゃないんだぞ。給料分はつべこべ言わずに働くんだよ。
b. 厳しい会社だとそんなこと言ってられないだろうけどね。
c. 仕事をするようになって、人間関係の勉強になっているんだね。
「そうよ。今日はあなたと話ができて良かったわ。でも、あなたはそういう職場の中でガンバってきたのよね。今、本当に仕事の大変さを自覚しているのよ。いつも、ご苦労様。」
「こちらこそ。」
もし、ご主人が「そんなに嫌な職場なら辞めればイイじゃないか」と簡単に返答してしまったらどうでしょう? 「別に辞めるとかの話じゃないでしょ」と奥さんは不満そう。「じゃ、続ければイイじゃないか!いちいち文句いうな!」 とご主人が応えると、「もう、いつもこうなんだから、あなたに話しても意味がないわね」と奥さんは会話のスイッチをオフにします。これはヘタな聴き方の例です。
では、この会話の中で何がいけないのでしょう。
奥さんはまず、「パート先での人間関係が大変なの」と言っただけなのに、ご主人は「じゃ、辞めればイイじゃないか」と簡単に答えを与えてしまった点に問題があるのです。奥さんが「人間関係が大変だから続けようか、辞めようか迷っているの」と悩んでいて、ご主人に「どうしたらいい?あなたの意見を聴かせて?」とたずねてきたらともかく、奥さんはそこまで考えていない時に、外からバン!と簡単に答えを与えられてしまったら、「あなたに何がわかるのよ!」という気持ちになってしまいます。
心理カウンセラーのカール・ロジャースは、相手の悩みにカウンセラーが安易に答えを与えることで、相手に甘えの気持ちを身につけさせ、積極的に自分の人生を切り開こうという、前向きな努力を相手から奪ってしまう、と言っています。 そう、悩みは、自分を見つめ、人生を振り返るための絶好のチャンスなのです。ですから聴き手は解決してはいけない。 聴き手が、相手を映し出す”鏡”になることで、相手は自分を見つめるのです。
衛藤 信之 氏
・ 日本メンタルヘルス協会 代表 プロフィール
・ 心理カウンセラー
日本で従来おこなわれていた、理論中心の心理学に変わり、実戦的な日常で使えるコミュニケーションプログラムを開発。多くの一部上場企業から「今までの研修で一番、参加者に変化がみられた」と全国で反響を呼び、年間300回を超える企業研修を受け持ち東奔西走している。
また、各地で開催されている心理学の教室はキャンセル待ちが続き、その教室の卒業生の活躍も目覚ましく、テレビのレギュラー出演やベストセラー作家として多くのメンバーが活躍中。
本人自身は、子どもの頃から家庭環境に恵まれず、義理の母の自殺の第一発見者になって以来、真の人間の関係性を知りたいと願い、心理学、哲学、行動科学を学ぶ。そして、そのような悲しみをトラウマにするどころか、そのことを生きるエネルギーに変えている。さらに、アリゾナのネイティブ・アメリカンと保留地で一年間生活を共にする経験を持ち、その地で、人の生き方の原点を学び、各地の学校では、インディアン・カウンセラーとして、地球と人間との共生を教え、子どもたちに大人気の先生である。
【講演実績】
大阪ガス・東京ガス・東邦ガス・アシックス・パナソニック・ソニー・NEC・日産自動車・マツダ・トヨタ自動車・ダイハツ工業・本田技研工業・江崎グリコ・グンゼ・バンダイ・シャープ・キヤノン・クボタ・ANA・Johnson & Johnson ・花王・NTTコムウェア・NTT東日本・NTT西日本・NTTビジネスアソシエ・NTTマーケティングアクト・日立製作所・鴻池組・鳳工業・鹿島建設・デンソー・大和ハウス工業・日本郵政グループ・ダイヤモンド社・船井総合研究所・東燃ゼネラル石油・SMBCコンサルティング・三菱UFJリサーチ&コンサルティング・富士通経営研修所・ソニー生命保険・アメリカンファミリー生命保険・プルデンシャル生命保険・ジブラルタ生命保険・東京海上日動あんしん生命保険・ベルランド総合病院ほか、学校・教育関係や行政関係など多数
【主な著書】
『心時代の夜明け~本当の幸せを求めて~』(PHP研究所)
『上司の心理学 部下の心をつかみ、能力を高める』(ダイヤモンド社)
『イーグルに訊け ~インディアンに学ぶ人生哲学~』(飛鳥新社)
『マンガでわかる上司と部下の職場系心理学』(実業之日本社)
『マンガでわかる会社組織が蘇る!職場系心理学』(実業之日本社)
『今日は、心をみつめる日。』(サンマーク出版)
『幸せの引き出しを開ける こころのエステ』(サンマーク文庫)